奥さんの誕生日

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明けて今日は奥さんの誕生日です。

45回目ですね。

初めて奥さんの誕生日をお祝いしたのは30才の時ですから もう15年も一緒にいるんですね。

それから3年くらい付き合って結婚したのですが 結婚する前もしてからもそれはいろいろありました。

 

手を上げることはもちろんありませんが ケンカは数知れず・・・

今でこそちゃんと仕事して奥さんもピアノのコンクールで東京に行ったりしてますが 前の私はそれは酷いもんでしたよ。

まぁ そんなこんながあったからこそ今の私があるのも事実ですが。

 

よく愛想尽かさずに一緒にいてくれたもんです。

 

ただねぇ

・過積載上等 とか

・シャーシーの板バネ折れてるのに 半年先の車検まで直さない とか

・ホイール割れたら 外側(がいそく)に履いて様子見ろ とか

 

そんなこと当たり前にやってる会社にいちゃダメだと思うんですよね。

 

2軸のシャーシーに30tくらい積んでシャーシーのタイヤがバースト。

社長に電話したら「行けるとこまで行け」と。

しかもこれから山道だってとこで。

このときは自分でタイヤ屋さん呼んでスペアと交換しましたが この会社にこのままいたら そのうち殺されると思いましたね。

 

田舎の会社がみんなこんな会社ばかりだとは思いませんが 個人商店が会社になっただけの 社長が言うことが絶対って言う会社はけっこうあるように思います。

 

どうせブラックなことをやるんならってワケではありませんが グレーゾーンである程度稼げる今の会社で落ち着いてます。

それによって

・娘ちゃんを大学に行かせられた

・娘ちゃんの成人式に値札を見ずに振袖を選ばせられた

・奥さんが前よりピアノのことを考えられるようになった

今では週一のレッスンの他に月一で札幌にレッスンに行ってます。

 

今の会社もいろいろあって決して満足してるワケではなく 定年までいるつもりもないですが 奥さんの笑顔はプライスレスですから私が家にも帰らずがんばることで奥さんが笑顔でいられるならまぁアリかと。

 

これを維持しつつ 次のステップとして私が満足できるように考えればいいことですから。

 

思えば奥さんと出会った頃の私は トレーラーに乗り始めたばかり。

その会社が入って半年で倒産。

それで運送業界がイヤになり不動産屋へ。

結婚するには収入的に厳しかったので再びトレーラーへ。

それから数社を転々として いつの日か十勝に移住。

 

苦労ばかりかけてきましたね。

それが今になって やっと少しはお返しできてるかなと。

 

私が家にいないことで苦労をかけていることもありますが。

おカネが全てではないですが まずは衣食住を満たすだけの収入はしっかりと確保しないことには 明日の暮らしにも困りますからね。

 

その手段を労働から仕事にしていくことが当面の私の目標です。