弟クン 独立開業

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私の両親は中学を出て理容師専門学校に行き それからずっと理容師一筋。

かれこれ60年くらいになりますかね。

 

いわゆる床屋ですから 当然日曜は仕事。

私が小学生くらいの頃は 世の中がこれからバブルに向かってイケイケドンドンな時ですので それはそれは忙しかったです。

今よりもパーマも多く 学校が休みの時は手伝いにかり出されていました。

 

パーマのあとのペーパー・ロッド・輪ゴムの洗浄→片付け

スチームタオルや乾いたタオルの洗濯→片付け

冬は店前駐車スペースの除雪 

などなど。

 

当時のサラリーマンの家庭では今よりも共働きは少なく 家に帰ればお母さんが家事全般をやってくれて子どもは遊ぶことだけ考えていればよかった。

そんな家庭を私は羨ましく思っていました。

家族でどこかに出かけると言っても お盆か祝日の火曜日くらいでほとんどなかったように思います。

 

そんな両親の姿を見て育ち 私と弟クンでは全く逆方向に進みました。

 

私は「床屋にだけはなりたくない!」

弟クンは「オレも床屋になるぜ!」

 

そんな弟クンは高校を卒業して理容師専門学校へ。

卒業後 平塚のチェーン店の床屋に就職しました。

 

私が単車で本州に通っていた時には何回か仕事の合間に会ってごはんを食べたりしていましたが 関東に張り付いてる今はなかなかねぇ。

茅ヶ崎にちょいちょい行っているにしても夜中ですし シャーシーを繋いでいては止まるところもありませんのでまず会えません。

大洗にヘッドを置いて行くにしても 平塚って遠いいんですよね。

 

そして 私が北海道に帰る時はGWやお盆など世間が休みの時なので飛行機は高い。

弟クンが帰るのは そんな飛行機が高い時期を外すのでこれまた会えません。

 

 

そんな弟クンも40才を過ぎた去年の5月。

「独立に向けて話を進めています」と。

 

その頃は

「今の会社の看板を借りるか 完全に独立するか考え中」だの

「店舗付住宅を建てようかと思ってる」だの

 

なんだか煮え切らないですねぇ。

 

「この度独立することにしました。

銀行からもOKをもらいましたので 店舗付き住宅を建てます!」

 

これくらいの決意が欲しかったんですよね。

 

サラリーマンと自営業者では心持ちが全く違いますし 私としては独立にあたっての「覚悟」が感じられなかったんですね。

 

そこで私は

「そんなんならやめた方がいいんでない?」

と突き放しました。

 

それから音沙汰もなかったのですが 話は進んでいたようです。

そもそも独立するにしても遅いんですよね。

やるんなら体のムリがきく30代のうちにやっとくべきなんですよ。

 

まぁ それは私にも言えることですがね。

 

とは言ってもそこは弟クンの人生ですから。

決めるのは本人です。

 

そんなこんなで 建物は去年の暮れに完成したようです。

そこから店舗の内装などをやって 開業は4月。

 

去年の12月の奥さんのピアノのコンクールの時に寒川神社に行ったので そのついでに弟クンの家を見られるかなぁと思ったのですが。

私が行ったのは月曜。

弟クンは仕事。

 

その時は諦めて私も仕事に戻りました。

 

なんだかんだ言って 私も弟クンの独立は嬉しいですし 両親はそれ以上だろうと。

 

 

そこでふと閃きました!

「両親を平塚に招待しよう!」

 

招待するなら 4月か5月の両親が月1の連休の時。

 

両親の地区の床屋さんは第3月曜と火曜が連休です。

7月はオリンピックで飛行機は高くなるだろうからパス。

 

そこまで考えて実家に発信。

「飛行機取ってやったら平塚行くか?」と。

母親は「願ってもないチャンス!」とばかりにノリノリでしたが……

父親の反応はイマイチ。

3月と4月は法事があるし……

 

いやいやいや……

亡くなった親戚に世話になったのもわかるけど……

義理ごと大事なのもわかるけど……

 

我が子の自宅&店を見たくないのか?

 

私が家を建てた時には 車で4時間掛けて来ましたから。

 

 

まぁね。

70も過ぎると移動もめんどくさいんでしょうね。

自営業で普段は自宅で仕事してるワケですし。

 

日々の移動は車ですから 公共交通機関での移動は余計にですね。

 

このウダウダ感。

この親にしてこの弟クンありです( -.-)y-~~~

 

今月の末に北海道に帰る私ですが その時には娘ちゃんのバイト先で奥さんとごはんを食べる予定です。

何をさておいても我が子の成長をこの目で見たいのが親だと思っていたのですが。

 

年を重ねるとそう思いつつもカラダが…….って感じなんですかね?

 

カネ出すっつってんだから しのごの言わずに行けよ!とイライラしつつ。

 

私が強制するものでもありません。

 

そんな電話をしたのが土曜の夜。

明けて日曜の昼に私が起きると 朝に母親からLINEが来てました。

 

「5月18日〜20日の2泊3日でお願いします」と。

 

私としては ウダウダ悩んで休み前の月曜の夜あたりに連絡が来るかな〜と思っていたのですが 思ったより早い決断でした。

 

やればできるんだべや( ^o^)y-~~~

そうと決まれば早速いろいろ手配します。

 

18日 千歳発の飛行機

20日 羽田発の飛行機

平塚で2泊のホテル

 

弟クンの家にはみんなで泊まるだけの布団もないでしょうから ホテルはマストです。

若者の宅飲みではありませんので 年老いた両親をフローリングの床に雑魚寝ってワケにもいきません。

 

いつもの楽天トラベルでサクサクっと手配。

 

飛行機は往復クラスJ。

ホテルは平塚駅徒歩4分。

それプラス 私も同じホテルで1泊。

 

私は18日終日と19日の昼間を休む予定です。

18日は羽田で待ち構えて両親をアテンドしないとならないでしょうね。

羽田から平塚までも電車だとなかなか遠いですからねぇ。

もしかしたらレンタカーでの移動にするかもしれません。

 

思えば前回4人が揃ったのは 弟クンの2回目の結婚式。

かれこれ10年以上前です。

私が弟クンに会ったのは おととしのGW。

ジェームス氏のセミナーに行った時。

 

弟クンが就職する前。

第一次借金大魔王だった私に代わって債務整理をしてくれた両親。

弟クンの就職の時に 弟クンに持たせるべく古いハサミを研ぐ父親。

 

「息子が自分を追って床屋になるのに 新しい道具も買ってやれないのか……」

 

と涙していたと

後に母親から聞かされました。

 

 

申し訳ないことをしたなと。

この25年。

ずっと心に引っかかっていました。

 

そして

この世に産んでくれたこと。

育てて高校まで出してくれたこと。

小1〜高3までエレクトーンを習わせてくれたこと。

 

その恩返しがやっとできるかなと。

 

今時の70代は昔よりはかなり若いですが 両親が飛行機で移動するのは最後になるのではないかと思います。

行きたいといえばおカネを出すのは藪さかではありませんが 体力的にどうかと。

手先を使う仕事ですのでボケはありませんが 立ちっぱなしではあっても私ほどの肉体労働でもありませんので。

日々運動する習慣もありませんし。

 

そして これからがんばらねばならない弟クンも実家に帰るのは年1でしょう。

それに私がタイミングを合わせられるかどうか。

 

もしかしたら次に4人が揃うのは 両親のどちらかの葬式の時かもしれませんね。

 

そう考えると今回の両親の旅の手配で10万超かかってますが 全然高くはないなと。

弟クンには子どもがいませんので 孫は私の娘ちゃん1人だけですしね。

「子孫繁栄」という親孝行はできていません。

 

私は 

「親が子を育てるのは当たり前であり 命を削って仕事をして 教育を与えるのもこれまた当然」

と思っています。

なので 私が家を離れて娘ちゃんの学費を稼いで大学に行かせているのも当然の親の責務。

娘ちゃんからのお返しなんぞは求めていません。

 

それは娘ちゃんが子を授かったらその子に注いでくださいと。

 

奥さんが離婚して 娘ちゃんを保育園に預けながら仕事して。

娘ちゃんには極々普通の家庭より寂しい思いをさせたことでしょう。

奥さんが仕事するよりも長い時間を保育園で過ごすワケですから。

そんな時に奥さんと私が出会って つき合う→結婚

 

そんな寂しい思いをさせたにもかかわらず グレることもなく私の知らない大学生活を送るようになった娘ちゃん。

 

私が途中から来た「2番目の父」であることもわかっています。

 

そして 私立大学&独り暮らしをさせる親の大変さをなんとなくわかってくれていて どことなく遠慮してるんですね。

 

そんな 私よりもできた子である娘ちゃんからの見返りは求めません。

 

 

私が子どもの頃は

「親が勝手に気持ちいいことして子ども作って産んだんだべや!」

と思っていました。

別にあんたらのところに来たくて来たのではないと。

 

でもそれはどうやら違うようです。

 

「あの世」にいる時に次の人生のストーリーを私が作り それが神様に承認されて あそこの親のところに行くぞ!と私が決めたようです。

 

そして 娘ちゃんも私の奥さんのところに行くぞ!と決めて生まれてきてくれたのでしょうね。

きっかけとタイミングは奥さんの前夫の時でしたが 後に私が父になるべく娘ちゃんに呼ばれたのでしょう。

「この時を逃したら 奥さんはダメになってしまう!」

ってタイミングで。

 

そもそもこの記事がグダグダになってきました。

 

 

私の両親が必死に生きてきたように

弟クンも私もそれぞれの人生を必死に生きてきました。

 

弟クンにとっては前述したようにこれからが本番です。

 

私は今年の10月でヘッドの支払いが終わりますし それから2年もすれば娘ちゃんが大学卒業です。

 

ちょっと余裕が見えてきましたので ここらで両親に恩返ししておきますかって感じですね。

 

ちょっと前までの私は まずは生活費!

そのためには 家族の時間より仕事。

 

そう考えて会社人間でした。

まずは生活するにはおカネでしょと。

 

でも 仕事するために生きているのではありませんからね。

 

生きるために仕事をしているんです。

 

その仕事は生きるための「手段」であり 私の人生の目的ではありません。

 

家族の用事のために休むわ〜

いやいや 忙しいから仕事してもらわないと困る

あぁ それなら辞めるわぁ

 

そんな主張を当たり前にできるように仕事してますから。

 

弟クンの独立開業に伴って 私の人生観までになってしまいました。

 

人生において何が大切か?

仕事ではなく

家族でもない

 

人生の「原則」ですね。

 

7つの習慣によると 一番大切なのが

仕事の人は 仕事がダメになると崩壊する

家族の人は 家族がダメになると崩壊する

 

人生に大切なのは

「原則」

 

自分のミッションに沿って生きること。

 

私がこの世に生まれてきたミッションがなんなのか?

は未だにわかっていませんが。

 

とりあえず私が選んで生まれてきた両親には少しばかりのお返しができそうです。